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2006年11月17日

「死ね」という言葉の重みについて

kozima.jpg

http://www.ginza.jp/culture/closeup/0603_nou.html

小島英明という能役者は、私の小学校・中学校の同期生なのですが、彼はとても成績優秀で、喧嘩も強い男でありました。私は、全くその逆をいっており、すべての教科で「もう少しがんばろう」であり、漫画ばかり書いたり、人を笑わせたりするのが主な任務(?)でした。中学卒業後も、東京第三学区最高の都立西高校、学習院大学といっているようですが、私は第三学区最低次元の都立鷺宮高校を中退しております。

その後、社会に出てみると、英語・数学・社会などが必要と思われない能楽の世界で彼は活躍し、私は英語・国語・社会が重要で、喧嘩ばかりしている永田町に飛び込んだわけであります。彼こそが人を楽しませる仕事をして、自分はややこしい政策を学びながら、争いに明け暮れているわけで、人生はどうなるか本当にわかりません。

  

上記サイトのインタビューで、彼は能楽に入ったいきさつは祖父がやっていたからということでありました。

これを読んで思い出したのですが、私たちが小学校四年の頃、すなわち昭和50年代の後半、テレビゲームでセガがありました。任天堂のファミリーコンピュータが出るのは、その四年後でありますから、非常に、大雑把なゲームだったわけです。当時としては大変珍しく、それが小島君の家にあったので、みんなで集まってピコピコやってたわけです。

ゲームの内容は、ミサイルの飛び出る戦闘機で、とんでくるハエみたいなエイリアンを打ち落とします。「ギャラクシアン」と言ったと思います。しかも、画像はギザギザしており、今にしてみると極めて単純なゲームです。

game.gif

この図よりももっとギザギザ度が高かった気がします。

戦闘機は三機あり、三機やられるとゲームオーバーになるのですが、一機やられると「ああ、死んだ」とついつい言ってしまうのです。

そうすると小島君のお母さんから、「死んだなんて言ってはいけません」と怒られるわけです。奥の部屋には、小島君の老齢なる祖父母がいたため、「死ぬ」という言葉を容易に使ってはいけないということです。そうは言われても、ゲームに夢中になっているとたびたび「死んだ」と言ってしまい、そのつど怒られるわけです。

  

また、子供同士の喧嘩でも必ず相手に「死ね」などという言葉を吐こうものなら、すぐに先生が注意したり、子供同士でも「本当に死んだらいいと思っているの」と問い掛けてくる女子がいたものです。

  

現代では、ネット上の討論であまりにも容易にこの「死ね」という言葉を連発している光景を目にします。「死ね」という言葉に対するアレルギーは、徐々に薄まってきているのだと私は考えます。その結果、簡単に命を絶つような事件が相次いでいるのではないでしょうか。

それともう一つはお金でなんでもできるという妄想。この考えは、命の価値を勝るような意味合いが込められているような気がするのです。臓器移植なども、命をお金で買える。代理出産もお金でできます。人間の生命や精神が、物質・経済・己のみの利益に劣る時代になっているのです。こうなってくると、現代の社会病理現象もほとんどの説明がつくのではないでしょうか。

  

だから、平和党は、このような物質経済中心主義の元となっている資本主義経済に手を加えたいと考えているのです。自然主義経済にすれば、人々はお金に惑わされなくなります。お金がなくてもモノがあるので生活ができるようになります。地域・家族主体の経済社会ができあがるので、自然に地域・家族に目がいくようになります。ここに教育問題の解決や高齢化社会の対処、環境問題などすべての糸口があると思っています。

  
http://heiwatou.com
posted by 平和党代表・大坂佳巨 at 19:31| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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