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2007年04月25日

長崎市長選挙で思う・・市長の後継とは

伊藤一長長崎市長が選挙中に射殺された事で補充立候補が行われた。
伊藤一長長崎市長の長女婿(「長」が四回も続出)
市役所の課長が立候補を届け出て、市民はどちらを後継者とするかの選択を迫られた。



しかし、期日前投票で伊藤氏に投票している人も多く、大量の無効票が出たという。



補充立候補というのは、たしか1996年の総選挙のときに兵庫県11区で起きている。このとき補充立候補したのは子息である。



だから当然、補充立候補の手続きというのは、それを相続できる、その候補者の親族なりが、後継者を決めるものだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。



こういう公のものに関しては相続ができないことになっているから当然といえば当然だ。



しかしながら、内閣総理大臣の場合、在職中に死亡した場合は、その職務代理の順位が決まっている。小渕恵三元首相が急病でのちに死去してから、このことが決まった。



職務代理の順位が決まっているために、閣僚が同時に何人か殺されたとしても、数名までは決めているから万全の体制が整っているとの認識があるようだ。



それが市長にはないためにこういうことが起きてくる。自治体とてこういう危機管理体制というのは整えておくべきだろう。



統一地方選挙に市長選挙が行われていない自治体というのは、たいがい市長が死去したか、別の選挙に立候補して失職しているか、辞任・辞職のためにずれている。



市長死去の場合たいがいは助役が立候補するか、死去した市長の後援会が決めるだろう。だが、この長崎市の場合は副市長も助役も立候補していない。それは本人の自由であるから別にいいのだが、市長の職務は必ず臨時代理をとらねばならないだろう。



だから都道府県においても、市町村においても、その長は、職務代理者を順位を決めて用意しておかなければならないと痛感した。



その場合において、政治家としての後継と現在の公務の臨時代理とは同一にしておくべきだ。
政治家としての政務だけは、自分の息子であるなどとはまさかしないだろうから、今回のような事にはならないはずだ。



亡き市長の妻が、自らの夫を否定されたことを泣いていたようだが、それとこれとは別であると市民は投票で決定し、また、国民のほとんども未亡人のこうした行為について冷めている人も多く感じる。



世襲そのものは否定しないが、この場合においては、やはり伊藤市政に携わってきた人間が適任とするのは当然だと私は思う。伊藤市長の市政を批判する市役所の職員が出てきた場合は、違うかもしれないが、ただ市長の長女婿だからというのは、政治家の後継として正当性を持つものではないと思う。



彼が単に婿ではなくて、市長秘書として現場を支えてきた人間であるのなら、これもまた話は別であると思う。



私がなぜ世襲を完全に否定できないかと思うかというと、政治家でも経営者でもそうだが、こうしたところに生まれた子どもというのは、家庭環境からして、親の苦労、差し迫った状況等もその教育の中で身につけているから、政治家としての先見性、あるいは経営者としての感性に優れている人も多くいるからだ。



逆に安定した政治家・経営者で苦労知らずの息子で、お坊ちゃましかしていないのは、問題があるものは多い。だが、その親が本当に安定だけをしていたかというのは、いちいち推測できないだろう。



親がこうした政治家・経営者でなくて、自らの代でたたき上げた人物というのは、その根性からして違う。だからそこに行き着くまでに相当なエネルギーを消耗しているから、力はある。相当なる苦労をしてきているから、その苦労を知って、他人の痛みがわかる場合と、自分が経験してきたにもかかわらず、もう通り過ぎたことなので、忘れてしまう人も多い。



また、彼らは、あまりにも世襲でやっている人間に対してひねくれ根性を持ちすぎて、かえっておかしなことになってしまうこともある。



だから私は世襲を一概には否定できないと考える。



けれども今回の長崎市長選挙の場合は、後継は婿ではないだろうと判断していいのか、悪いのかなかなか判断が難しい。それに、市役所から出馬した人間が助役等の市長の側近職ではなくて、課長だったことも微妙にさせているのだろう。



とにかく複雑な選択を長崎市民は迫られたに思う。
しかし選挙とは泣いても笑っても、市民が決めるものである。感情に訴えて泣いてもしょうがないのだ。それはその家の家庭の問題である。市民とは無関係である。





九州最西の長崎から海をまたいでさらに西へ100km。

日本一きれいな浜辺がある国立公園の島、長崎県五島列島より

創業27年、漁師歴11年の大仲買が作り上げた海の幸をお届け致します。


posted by 平和党代表・大坂佳巨 at 07:37| ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 九州・沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大坂佳巨様、TB有難うございます。

さて長崎市長銃殺事件に関しては、まさに貴君がお書きの通りと思います。
僕も世襲制には、全く反対ではありません。
ただ、その資質が有ってこそと思っています。

以前、小渕首相が死去された後、令嬢が立候補されました。
当選後「これからしっかり勉強していきたいと思います」と言った発言を聞いて思わず「おいおい、これから勉強かい!」とツッコミを入れた記憶が残っているように、本人の資質や思想信条も分からないで当選する事(当選させる事)に対しては、抵抗感が有る事は否めません。

その点、長崎市長選で長崎市民の出した結論は、ある意味正解ではないかと思っています。

貴君が記しておられますように、地方自治においても、首長に不慮の事態が起きた時の対応については、やはり明記されるべきであろうと同感します。
さらに、この様な暴力を持って社会を動かそうとする輩にたいしては、より強力な法改正を望むべくもありません。

さて、本来なら貴君のブログコメントにはメルアドを記入せねばならぬのですが、なんせ当方は素浪人故、メルアドの公開を致しておりません(仕方ないので、当方ブログのアドレスを入れました)。
よってこの場でお礼申し上げます。
Posted by 諷太朗 at 2007年04月25日 16:09
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