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2007年09月03日

55年体制

3度前の都議会選挙の時だったから自分が26歳の時、1997年だったと思いますが、新進党である人を候補者として立てることになったのですが、なにしろ全くの政治素人なので私が教育係になったことがあります。

すでに彼には新進党の公認は内定しており、当時地方議会では別政党となっていた公明の支持も決まっておりました。

全く主客転倒しているのですが、あのころはだれもが新進党なんぞで立候補しようなどという人間はおりませんでしたから、しょうがないことでしょう。

それで、まず新進党なる政党がどのようにして誕生したのかを知らないというから、ここから話を始めました。このころは政党の浮き沈みが激しく、出来ては消えることが相次いでいましたから、しばらくサラリーマンをやっていた人間ではさすがに知らないだろうと思って、政党の歴史をさかのぼって55年体制から話を始めました。

そうすると、彼は55年体制というものが何たるかを知らないと言います。

よくよく聞いてみると彼は慶応大学の政治学科を卒業しているという。そのとき彼は32歳ですから卒業して10年くらいしか経っておりません。忘れたにしては早すぎる。四年間、政治学科にいて55年体制を知らずにどうして生きて行けたのか全くわからんと思いました。

これに限らず、政治・経済・社会のあらゆる問題にうといことがよくわかりました。それで四年間多額の学費をかけてきたのだから親はたまったもんじゃないですね。

当然の如く、この年の新進党候補者は20数名全滅であり、この年の年末に向かって解党の運命をたどります。保守二大政党政治を初めて試みたときがこの無様な姿でした。新進党というのは、小選挙区制度が導入されたがゆえに、自民党公認候補がすでに決まっている選挙区では、しょうがないから新進党でやるかという流れであり、当時の民主党はまだ第三党で左派的思考が強かった時代です。

彼自身はその後、区議には当選しますが一期のみで二期目は落選し、四年後に再挑戦することはありませんでした。

私はこの人に限らず、勉強することが無目的になされて、ただみんな大学に行くからという理由だけで大学に行く人が多いことを感じておりました。そして世は学歴バカが横行している時代となっています。知が先行し人間性が低い人が蔓延することによって、さらに社会的無秩序を作るということです。

教育というものは「子供たちにただ知りたいということをさせるだけでいいのだ」などと恥ずかしげもなく言う人たちが出てきていますから、大人がよろしくない状況を作っているのだと思います。なんのために知るかも知らずして、教育がなされるから善用よりも悪用に向かうようになるわけです。
posted by 平和党代表・大坂佳巨 at 08:17| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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